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「朴訥の論」コラムの記事一覧

ゼロ円の家

朴訥の論

昭和55年当時、住宅産業は盛んで建てれば売れるという時代でもあった。その分粗悪な住宅も多く、欠陥住宅で悩む人も多かったが、ほとんどが泣き寝入り状態だった。その支援として立ち上げたばかりの設計事務所で、生活者の相談にのるという仕事を手伝っていた。

 

連日窓口に訪ねてくる人はその悔しさを長時間かけて訴える。床下に雨水が流れ込み天井にまでカビが発生した家や、解体した廃材を埋め立てた上に家を建てる等、目を疑いたくなるものもあった。家を建てたが為に苦しむのであれば、建てない方が良かったのではとさえ思った。

 

そんな折、通勤していた電車の窓から淀川の河川敷に建つ掘立小屋の前で、親子が毎朝キャッチボールをしている姿に幸せを感じ、家の価値とは何だろうかと考えたことがある。

 

先日、高知県の梼原山林バスツアーで参加者の自己紹介を行った。それぞれが参加した理由などを話す中で「私の家はゼロ円の家」と公言された方がいて、屈託のない話しぶりに皆さん興味を持たれたようだった。

 

2,3カ月ほど前の事、ご親戚の中古住宅を購入後、リフォームをしたいので調査して欲しいという依頼を受けた。現地調査に行ったスタッフから報告を受けたが、内容は雨漏りも見受けられ、床の状態も悪くおそらく蟻害があるという。口を揃えて購入は考え直した方が良いということだった。

 

内容を報告したが、数日後の返答「購入してリフォームします」に一同驚いた。ある程度の耐震補強と住宅設備機器の入れ替え、床・壁の改修工事となれば延床面積20~30坪の家であっても2千万円前後を要する。

 

ところが条件は年内の完成と、後10年持てばいいので予算は500万円までに抑えることだった。余程の覚悟がなければそんな決断を下せるものではない。

 

話によると、ご子息の家族が引越してくるにあたり、マンションに犬の同居を打診するが許可が下りず、犬が難病を患っていることもあり決断を急がれたようだ。周りから猛反対を受けたと言うが、その大決断が犬の為だったことに猶更驚かされた。

 

全てを納得し、先を見据えた決断は間違いなく、その家はゼロ円の家でなく唯一無二の価値ある居場所になる。本当の家の価値は価格でも大きさでもなく、本人でしか推し量れない。

 

「大事な箇所の柱が朽ちています」=今、施工中の現場では、設計・現場監督・職人さんの知恵を絞った攻防が展開中だ。

 

(国産材住宅推進協会・代表=北山康子)

~2023年木族12月号より~

時を経て活きる設計図

朴訥の論

新大阪から事務所を三国に移転し早や14年になる。スタッフが一人増えたこともあって、部屋の模様替えをすることになった。先駆けて、後ろのスチール棚に手を付けた。

 

赤茶けた図面の束を開けば、懐かしい手書き図面のコピーが出てきた。建築士事務所民家に16年在籍し、多くの木造建築を世に出したO氏の図面だ。

 

ある時、口下手な彼が放った一言が鮮明に記憶に残る。

 

「私ほど木構造が分かって、図面を引く建築士はいません」その時は正直なところなんと傲慢な人か、と耳を疑った。

 

A3の用紙にビッシリと引かれた図面は、隙間がないくらいにあらゆる寸法が書き込まれている。書き込み過ぎて読みづらく、施工する職人さんは嫌がったが、整合性に微塵の狂いもなかった。

 

友人の建築士に見せれば自分の事務所には要らない、と一蹴された。お世辞にも美しいとは言い難いが、改めてじっくり読めば痒い所に手の届く内容に舌を巻く。収まりの分かりづらい箇所は、拡大図が添付され施工詳細が示されている。部下の中にはO氏から何も教えてもらっていないと言う人もいたが、この図面を見て教わらなかったは通用しない。

 

当時は遅々として進まない設計に苦言を呈することもあったが、今なら少しは理解できそうだ。ここまで詳細に書き込むには彼なりの自論があった。「現場に行かなくても図面を見れば分かるようにようにしておきたい」口下手で頑固な彼らしい言い分だった。

 

今なら物議をかもしそうな勤務状況で、日中はゆるゆると過ごし、夕方6時頃からエンジンがかかり、夜10時頃まで図面を引く。お施主さん宅で、朝10時からスタートした打合せが延々と続き、翌朝になったことがある。雄弁なお施主さんの話に区切りをどうつけるか、迷ううちに夜が明けたという。

 

仕事はその人となりを映す。今20年~25年を経過し、O氏が手掛けたOB宅の改修・補修工事の依頼が多い。描き過ぎて読み辛かったその図面が、後輩建築士の手元を照らす。無口な割には語りつくせないほどの逸話も残している。

 

そんなこんなを思い出しながら見ていると、赤茶けたコピー図面も宝物にさえ感じて廃棄するなんて気にはなれない。

 

時は今、ペーパーレス時代。はてさて、棚の整理はいつ終わるやら。

 

(国産材住宅推進協会・代表=北山康子)

~2023年木族10月号より~

対等の立場で・・・

朴訥の論

体温を超える酷暑が続く中、皆様にはいかがお過ごしでしょうか。

 

先日、友人が交通災難にあったと言う。仕事を終え車で帰宅途中、わき道から飛び出した自転車が車の後方に接触し転倒した。大丈夫です、と60歳位の女性は言ったが、通行人が警察に連絡したそうだ。現場聴取は30分を超えたが、聴取を受けたのは車の運転手のみで自転車への聞き取りは一切無く、理不尽さを感じたようだ。

 

踏切前で時速25キロの走行でもあり、幸い相手に怪我も無く収まったが、警察曰く「例えアタリヤに当てられたとしても車が悪い、そういうことだ」と強調された。罰金は支払ったが、自転車に対しても注意を促す言葉が警察官からあって然るべき、と悔しがった。

 

何か問題が発生した時、余程のことがない限り、片一方だけに非があることは稀であり、双方に何らかの要因があるものだ。近年の自転車のマナーの悪さも気になるが、電動キックボードの法改正が輪をかけて事故を誘発しないことを願いたい。

 

話は変わるが、自然素材を多用する建築もまだまだ一般に理解されにくいことが多く、工事契約時に添付する特記事項書の枚数が増えていく。当初A4の用紙1枚だったが、現在は4枚、45項目に及ぶ。殆どが常識的なことを表示しているが、建てる側の常識が一般に通用するとは限らない。

 

契約に関すること、施工に関すること、木材や塗り壁の注意点。住宅設備機器に関すること等詳細に明記している。

 

しかし特記事項を何枚重ねても意志の疎通が図れたということにはならない。そこに至るまでには双方に信頼関係が生まれるほどのキャッチボールが必要になる。

 

私たちは素人だから、は問題が起きた時によく聞く言葉だが、プロもお施主さんの意志が伝わらない以上、良い提案など生まれる筈もない。新築・リフォームに限らず、忖度なしの会話が成り立ってこそ、納得できる結果につながる。

 

また、一番難しいのは感覚によることが多い。高さ、広さ、音、色合い等々、人は同じ感覚を持ち合わせていない。なおさら、双方に納得のいく確認が求められる。提案はさせていただくが、現在の生活に照らし判断を下すのはお施主さんに他ならない。

 

お施主さんと施工者はあくまでも対等の立場にあることを、お互い大切にしたい。

 

(国産材住宅推進協会・代表=北山康子)

~2023年木族8月号より~

林業を身近な職に

朴訥の論

10年前に制作された映画「キツツキと雨」を見た。妻を亡くし息子と暮らす林業作業員を役所広司が演じている。木の伐採シーンから始まり、枝打ち作業で木の上に上る様は少しぎこちないがそれらしいオーラを放つのは流石ベテランの証だろう。

 

物語は不躾に里山に入り込んだ若い映画監督率いるロケ隊と、無骨な林業作業員がお互いのぎこちない触れ合いの中で、徐々に心を通わせていく様子を映す。

 

全く無縁ともいえる林業作業員が若い監督の手助けに奔走し、村人をも巻き込み加熱していく。意思疎通が思うように図れずニートを続けていた息子が、いつしか親父と同じ林業作業員の道を選択していくというストーリーだ。荒廃する里山や林業従事者の減少が気になる一人としてほっこりする映画だった。

 

林業従事者の仕事場は、山の手入れを行い木を育てる人と、伐採した木を丸太に加工し集材する迄の作業と、その他の林業作業者に分類される。林野庁のまとめ(H30)によれば1985年(S60)に約12万6千人いた林業作業者は2005年(H17)には5万2千人まで減少している。

 

「緑の雇用」事業で学生等へも働きかけ林業への新規就業者が若干増加傾向にあるというものの、どの分野にも当てはまるが3~5年で転職し定着率は5割程度だそうだ。

 

先日サンケイ新聞で紹介されていたが、可能な限り地域に環境負荷を与えず山を管理していく「自伐型林業」が着目されていて、福井県でその担い手を育てる大学校が開校したようだ。もちろん林業従事者を増やすことが目的だが寂れていく中山間地への移住を促し、地域の活性にもつなぐ。

 

自伐型林業は一度に大量の木を伐採する「皆伐」と違い、少しずつ必要な木を間引く「間伐」を繰り返し行う、少人数で行える山の管理法だ。家族やグループで取り組める気安さもある。

 

 

大学校では基本的な道具の使い方や伐採する木の選び方、作業道のつくり方や整備法、林業経営の基本まで教える。きっかけとなる学校を通して先ずは林業を知ることから始め、楽しく学ぶことで自信とやる気を引き出して欲しい。

 

話は変わるが、7月に山遊びを行う福知山の伊東氏は元建築士事務所民家の現場監督だった。国産材に係わり家づくりを行う中で故郷・福知山に開眼した一人だ。

 

林業は一般に知る機会を与えられていない未知の分野ではないだろうか。もっと林業を身近な存在として認識出来れば就業の選択肢に加えられるような気がするのだが。

 

 

(国産材住宅推進協会・代表=北山康子)

~2023年木族6月号より~

猫の住環境

朴訥の論

築85年のリノベーションで猫部屋を設けたN様が、創って良かったと喜んでおられると(現場)監督から聞いた。

 

近年、ペットは犬をおさえ猫ブームのようだ。散歩の必要性がなく、犬と比べて経費が掛からず長寿命というのも人気の理由らしい。

 

ただ出来れば半外飼いでなく、事故や伝染病などの観点からも完全室内飼いが望まれている。また猫は快適な環境を何よりも重視する動物だとも聞く。

 

今回のリノベーションは連棟の平屋を一軒にまとめる施工だったが、片方の玄関を潰し、ガラス張りの猫部屋に充てている。小部屋は陽当りも良く、猫たちが遊べるキャットタワーを設け、外からも眺められるようになっている。ご近所の方も通りすがりに覗いては猫の様子を楽しんでいるとか。

ともすれば閉鎖的に成りがちな日本家屋で、外に開かれた部屋を造るにはいささか抵抗があるが、設計者の意図はあくまでも猫目線で「猫も外を眺めたいだろう」だった。

 

プライベートゾーンとの仕切りはあるもののその提案にOKを出されたお施主さんがあってのこと。

 

先日、新聞に犬、猫のペットを飼っている高齢者は、飼っていない人に比べ介護費が半額に抑えられていると載っていた。460人の調査結果で分かったそうだ。調査研究に当たった国立環境研究所の主任は「高齢者がペットを飼いやすい環境を整えることが、社会保障費の抑制につながる」と述べている。

 

それを立証する意味でも杉の床板は逸材と言えるだろう。キズを懸念する人も多いが、それを超える心地よさがある。

 

話は変わるが、35年前に柴犬を飼ったことがある。多忙を極める毎日に癒しを求めての事だったが、2年経った頃、引っ越したマンション(3階)のドアを開けた瞬間、猛ダッシュで階段を走り抜けていった。近所を探し回ったが、二度と戻ってくることはなかった。

 

何やら犬に三下り半を下されたようで落ち込んだ。今思えば自らの利ばかりを求め、犬の住環境を考えるなど思いも及ばず、ストレスを溜めていた結果だと納得できる。

 

一人暮らしが増え、老若男女を問わず孤立しがちな社会、自分を頼るものの為に責任を負うことで生活にリズムと潤いが生まれる。

 

人間も犬、猫も寿命は年々延びているという。縁あって暮らしを共にする以上、最後までいい絆で責任を全うしたいものだ。

 

(2023年木族4月号より)

 

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