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それでも山に生きる

朴訥の論

それでも、山に生きなければ・・・

 

国産材の普及活動を続けて35年になるが、運動を継続する動機の一つでもあった宮崎県諸塚村の甲斐重勝さん(昭和54年より村長として4期務める。2018年4月没)が亡くなられたことを知ったのは最近である。

 

昭和から平成に変わったころ大阪で講演をしてもらったことがある。その話に強い衝撃を受け、改めて国産材の普及活動に使命を感じた。林業立村に生涯をかけた甲斐さんの講演記録からその思いを、今一度伝えたい。(1993年9月13日、宮崎県広報誌より)

 

◇     ◇

 

今日、山村の現状は大変厳しく、心ならずも山村を離れていく人々や、林業・山村の将来に良き展望を見出せずに故郷に帰ろうとしない若者も多いのが現実です。

 

私は山々を見ながら、「先祖たちは何を考え、黙々とこれらの木を植えたのだろうか?」と考えます。

 

当時は道路もなく、食べる物にも事欠く時代です。そんな中、朝暗いうちから苗木を背負い、弁当を持ち、1時間2時間かけて現地に行き、谷川で水を汲み、一日の作業の安全を山の神に祈り作業にかかる。そして日が暮れて暗くなった頃、山を降りる。そんな毎日を積み重ねながら、先祖たちは広大な面積に造林をしていったのです。

 

そこにあったのは、あまりにも厳しい、当時の村での生活環境の中、「せめて自分たちの子や孫の時代には少しでも楽をさせてやりたい。何としてもこの故郷を守り続けたい」という願いだったのだろうと私は思うのです。

 

昭和20年代の諸塚村は「宮崎県一の貧乏村」でした。その中で私たちの先祖は、「戦争に負け、自信と目標を失った村民に意欲を持たせ、立ち上がらせよう」「林業によって豊かな山村を創造しよう」と、地域の活動や産業の振興に力を注いできたのです。

 

故郷に帰らず農林業をやらないことを「けしからん」と申し上げるつもりはありません。しかし、お互いに考えていくべき問題もあるのではないかと思うのです。

 

(中略)

 

私たちにとって大事なのは、「都市対山村」や「川上対川下」などの対立の構図ではありません。

 

同じ地球に住む住民として、都市の人たちにはしっかりと森林の役割を理解してもらい、森林を守り育てる山村住民も、その役割をしっかりと踏まえながら一緒に考えていく、そんな姿勢が大事なのだと思います。

 

森林や山村を守ることは、間違いなく人類にとって非常に大切な仕事です。私たち山村住民は、あらためてそのことへの自負と自信を持つべきです。

 

私は、そんな困難があろうとも、たとえ一人になろうとも、生涯をかけて林業立村の村づくりを目指します。私たちが頑張らなければ、地球の未来も人類の未来もない。そんな思いを抱きながら、先祖たちが守ってきた山村を守り続けていきたいと思うのです。

(諸塚村長=当時=甲斐重勝)

 

◇     ◇

 

鮮明に残るご講演を忘れることなく、多くの人に伝え続けたいと思います、大いなる感謝と共に。

 

(「木族」2019年12月号より)

心地よい風を通す

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ある雑誌のエッセイに普段着のことが載っていた。服装には3段階TPOに分かれ正装・外出着・普段着とあるが家で過ごす時はTシャツにジャージなどで寛ぐことが多い。還暦を過ぎ子供達も家を出た時、暮らし方を変えようと考え、普段着をやめて少しお洒落をして過ごすことにした。そうすることで日常生活にも変化が生まれたという。朝食のテーブルに小さな花が挿され、セッティングにも工夫が生まれ、暮らしにゆとりを感じたそうだ。

 

そういえば思い当たることがある。30代半ば、シングルマザーの友人がいて、決して華やかでなく寧ろ質素ではあるが、いつ訪ねても身だしなみが良く、もてなし方が自然で所作に優雅さが漂っていた。氏より育ちか、と思っていたが、今考えれば日々の生活を大切にし、暮らしを楽しむという彼女なりのポリシーがあったようだ。

 

言わずもがな部屋はいつも整理され、季節を感じさせる設えがあった。目配り気配りが行き届き、感性の冴えた人だった。

 

彼女に見習い、新しいマンションに引っ越した折、広々と片付いた部屋に道の駅で買った桜の花を生けたことがある。10日間程、花見酒と洒落込んだが、部屋の隅にモゾモゾと動く数匹の毛虫を発見し、悲鳴と共に桜は敢え無く没となった。

 

以来、わが家に枝物の生花が活けられることはない。所詮、憧れに過ぎず、彼女の精神とは程遠いものであることに気づかされた。

 

中身が良ければ外観なんて、という方もいるが、身だしなみはその人の内面を映し出す。職場にあってもスタッフの服装には敏感になる。言わずもがな第一印象で判断されることが多いこともあるが、服装で行動が変化した経験はないだろうか。

 

ワンピースとジーパンでは言葉遣いも変わる。住まいにおいても同じこと、いつも目にする家具の定位置を変えるだけで気分も一新する。

 

先日、ナチュラルな木のある暮らしの提案「暮らしに心地よい風を通したい」という講演をさせていただいた。

 

 

新築やリフォームなど費用をかけなくても、その気があれば本棚やテーブルなど杉板などで手作りするも良し、時間をかけてなしえた達成感は得難いものだ。間違いなく杉板はその努力に応えてくれる。

 

そのあとの「心地よい風を通す」は、住まいに対するちょっとした気配りと、愛情に他ならない。誰かが言った「楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しい」とは言いえて妙だ。

(「木族」2019年10月号より)

カビは手ごわい敵

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地球温暖化で海流が変化したこともあってか一昔前の梅雨の風情と昨今の梅雨は違う。シトシトという形容は最早通用せず、入梅の時期にも降り方にも違和感を覚える。

 

消費税増税を目前にして近隣でも建築が盛んである。自宅マンションの近くにツーバイフォーによる4階建て(16世帯)の集合住宅が建築中だ。3月初めから解体が始まり、例年であれば瞬く間に完成する筈の工事が一向に進んでいない。

 

マンション上から眺めるが、2×4工法は1階から2階、3階と下から順番に床と壁を組み立て、最後に屋根を載せる為、降雨時は雨に晒されることになる。1.2度の雨ならさほど心配することもないが、養生もしないまま合板が雨曝しになる様は、施工者ならずとも心臓に応える。

 

昨年の地震と台風のあおりで、施工に絡むあらゆる職人さんの不足状態が続き、工事が遅れがちになっているのだろうか。個人住宅なら雨曝しが数日続けばクレームに発展することもあるが、あまり現場を見ることがない集合住宅のオーナーであればその状態を見ることもなく、知らない内に工事は完成してしまう。気密性の高い構造は中の湿気も逃げにくく、気温が上昇すればカビの発生リスクは高まる。

 

話は変わるが、建築現場で棟上げ時に雨が降り構造材が濡れる時もある。乾燥剤が濡れることで強度が落ちないかと心配される方も多い。確かに雨に当れば含水率は上がるが、一度含水率を下げた乾燥材は乾きも早く、再度乾燥する時に内部の水分も一緒に蒸発させ、寧ろ元の含水率より低く落ち着くようだ。

 

兎に角、お施主さんが見ようが見まいが施工者として誇りの持てる仕事をしたいものだ。

 

 

木造住宅、マンションに限らずリフォームの現場調査に出向く機会が多いが、ドアを開けた瞬間カビ臭を感じる家も少なくない。そこに生活していると臭覚も慣れてしまい臭気を臭気と感じなくなるから不思議だ。

 

カビが厄介なのは胞子であるため、黒ずんだ部分を落としても胞子が飛散し湿気があれば繁殖していくことだ。

 

カビは住宅にとって手ごわい敵。気温が上昇すればVOCの揮発量も増す。こまめな換気を心掛け、湿気と臭気取りの救世主ともいえる塗壁材「そよかぜ」を塗ってみるのもいいだろう。

 

お節介極まりないが、もはや職業病的に雨が降るたびに合板の濡れ具合をチェックする羽目に・・・。

 

(「木族」2019年8月号より)

時代が変わるとも

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昭和から平成へと35年間、国産材の啓蒙活動として木造住宅講座を行ってきた。

 

運動を立ち上げた昭和59年頃は杜撰(ずさん)な施工も多く、基礎や構造を重視し、キッチン等の消耗品は予算ができてから気に入ったものに差し替えれば良い、等と講座で話していたが…。

 

先日、この言葉を覆すような話をうかがった。

 

多忙な主婦にとってはストレスも多く、日々の整理が追い付かないままに食料を買い足し、いつの間にか溜まった調味料に唖然とした経験はないだろうか。

 

先日、台所をメインに念願のリフォームをされた方にお話をうかがった。丸一日台所に立っても足の疲れはなく、とにかく毎日が快適で、外食より自宅での食事が増えた。整理された食品棚はどこに何があるか即わかり、食品の無駄買いも無くなり、明らかにエンゲル係数は減っているそうだ。「住まいってバカにできないですね、性格まで良くなった気がします」と笑っておられた。

 

設計者とのコミュニケーションが上手く行き、使い勝手や収納量など明確に伝わった結果、暮らしにあった動線も得られたのであろう。それにしても性格まで良くなるという表現に感銘を受けた。

 

また、ウッドデッキをやり替えた方は、毎朝、デッキでモーニングコーヒーを楽しみ、ウッドデッキを通じて友人や近隣の方と交流を深めていると聞く。

 

 

近年リフォームをする方も多いが、漠然と取り組む人は無く、どの方もそれぞれ何をしたいか具体的な目的を持って臨まれている。

 

 

「笑わないでくださいね、この年になるまで何一つ決めたことがなかったんですが、主人が亡くなり、初めてこのリフォームをやろうと自分で決断し、やれたことがとても嬉しくて、私やるやんと思いました」と語るのは70歳代の女性だ。「杉の床板にペタリと座りジッと板を見ていると杉が語り掛けるように感じます。これから又、新しい道が開ける、そんな期待が持てました」

 

完成後の訪問でどの方も輝いているのは、その達成感からだろうか。令和という新時代、住いも変遷するだろうが、いつの時代であれ変わらないのは、その中での家族が成長し巣立ち、また成長が繰り返されることだろう。

 

それにしてもリフォームがそれぞれに与える影響力は家の変化に留まらず、人の心に大きな活力を与えていることに驚かされる。そんなお手伝いができる喜びを持ち続ける建築士でありたい。

 

(「木族」2019年6月号より)

 

働き方改革って

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取引きしている製材所や森林組合などから土曜日は休業にする旨の通達が入った。追いかけるようにサッシや新建材の商社などからも休日や営業時間についてのお知らせが相次いでいる。

 

2019年4月から施行される働き方改革法案に対しての動きであろう。ここ数年前から大工さんをはじめとする職人さんの労働時間も8時間が定着している。まず働きたくても夕方6時を過ぎれば近隣からの苦情が入り、働ける状況には至らない。昭和を生きた者にとっては嘘のような話だ。工期が迫れば夕方7時台であっても投光器を点け作業の手を休めなかったものだ。

 

斯く言う筆者も「いつ休むんですか」と問われることがあるが、思えば10年前まではスタッフ共々土日のイベントなどもあり、なかなか休めないというのが実情だった。代休を促しても、「代表が休まないので休みにくい」と言う。最近はできるだけ休日のイベントを避けているが、本人の体力が落ちたこともスタッフにとっては気分的に楽になったようで、何が功を奏すかわからない。

 

仕事は乗っているときは面白いほど捗るが、何かに行き詰まると遅々として進まない。

 

消費税増税と昨年の地震と台風のあおりで、施工件数が消化されていない上に屋根工事、板金、金属建具、解体工事など職人不足もあって工事が追い付かず立て込み状態が続いている。業種によっては半年前に提示した見積もり金額が、修正を要する程の値上がりを見せている。

 

こんな時に働き方改革もないもんだ、とぼやいても時代の流れには抗いようもない。働き方改革ばかりが先行し、実際働く人がどこまでの覚悟を持って臨んでいるかは今一つ釈然としない。

 

作業時間と仕事内容が以前と同じペースで進むのであれば、何ら改善には至らない。よほど時間への認識を持ち効率よく仕事をこなす仕組みを打ち出さない限り、実質をともなった働き方改革とはならない。

 

建築士事務所民家の現場監督として新人が加わった。現場監督という仕事もどちらかというと敬遠される仕事かもしれないが、昔から現場監督は段取り八分と言われるように、二手三手先を読んだ動きで解消されることも多い。民家も設立より39年目を迎えるが、また新しい風が吹くことを期待している。

 

(「木族」2019年4月号より)

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