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「えんがわ」コラムの記事一覧

ささやかなお祝い

えんがわ

いつ頃から始まったのか、スタッフの誕生日にはプレゼントを用意し、誕生日前の社内会議の後に、ケーキとコーヒーでささやかな誕生日会を開催しています。

 

プレゼントは代表からとスタッフみんなからの2つ。最初の頃は「自分では買えないようなちょっとしたもの」をコンセプトに、色々と考えて何にするかを決めていましたが、3回、4回と重ねるうちにネタもつき、最近は事前に「なにか欲しいものありますか?」と聞いてから、その中でデザインや色がその人に似合うかどうかを基準に選んでいます。それでも気に入ってくれるかどうか心配で、プレゼント選びは難しいです。

 

誕生日会も最初の頃はホールケーキにロウソクを立てバースデーソングを歌った後吹き消していましたが、カットするのも大変だし色んなケーキを用意して、ジャンケンで選ぶ方が楽しく、今は小さなケーキにロウソクを立てています。吹き消した後、みんなから「おめでとう!」と言われるのは、少し照れますがやっぱり嬉しいものですね。

 

ケーキを食べながら、最近あったことや気になることなど、普段なかなか出来ないプライベートな話も出てくる、いいコミュニケーションの場になっています。みなさんの職場でもいかかですか。

 

(2023年木族4月号より)

歯は大事ですよ

えんがわ

「左の奥歯、歯根がとうとうダメになったので抜歯ですね」半年前の定期検診で言われた時のショックはかなり大きかったです。

 

今の歯科医にかかり始めた10年程前、右の奥歯が同じ状況で抜歯することになりインプラントと矯正を提案されましたが、娘2人がまだ中学生でこれからかかる教育費の事を考えると、自分にそんな大金をかける気にもなれず、保険のきく部分入れ歯で処置して終わりました。

 

ところが、噛み心地が悪く食べ物が隙間に挟まるのが嫌で、徐々につけない日が多くなりました。結果、左の奥歯に負担がかかりすぎた事も抜歯に至った要因のの一つだと言われ、反省と後悔の思いでいっぱいでした。

 

たまたま身近な人がインプラントをした話を聞いたのと、デンタルローンが利用できることを知り、今回こそインプラント&矯正治療をしようと決意。

 

梼原ツアーでこの話をした所、2人の方から「実は私も少し前にインプラントにしたんです」「40代で矯正治療しましたよ」とお声をかけてもらいました。心のどこかで「この歳で・・・」と思う気持ちがあったので、とても嬉しく勇気づけられました。

 

今後は、生涯美味しいものを楽しく食べられるよう、日々歯のお手入れや健康に気を付けていきたいと思います。

 

(2023年木族2月号より)

 

 

断酒解禁のおかげ

えんがわ

行きたい所があるんです、とスタッフYさんから誘われ千葉へ出かけてきました。

千葉県市原市を拠点とする小湊鐡道に乗って終着駅にある黒湯温泉に泊まりたい、というのです。

 

昭和レトロが大好きなYさんと、温泉に目がない私のどちらの希望も叶えたコース内容ですぐに意気投合。宿を手配し、交通手段を調べ、時間や経費的にも飛行機を使っていくのがお得とわかり、私は18年ぶりに空の旅を味わうことが出来ました。

 

子どもが小さい頃のおでかけは、荷物も増えるし途中で寝てしまう事が多く、ほとんどが車でした。主人の伯父が住む鹿児島に、2歳の娘を膝の上に乗せ義母と共に帰省したフライトが最後で、神戸空港も迎えに行くことはあっても搭乗するのは初めて。ましてや友人との旅行で飛行機に乗るのは独身の頃以来です。人一倍ワクワクしていたことを多分Yさんは知らないでしょう。

 

ローカル線の小湊鐡道はガタゴト走り、気持ちのいい風を感じつつ田園風景をぼーっと眺めとても癒される時間でした。黒湯温泉は少し肌にまとわりつくような湯ですべすべになり、もう一度訪れたい宿の一つになりました。

 

Yさんが1年続けた断酒を解禁されたお陰で、2年ぶりに叶った旅行。お酒の復活おめでとう、待ってたよ~!

 

(2022年木族12月号より)

家具も年月を感じさせ

えんがわ

我が家は中古住宅を購入し1993年頃にリフォームした後、結婚するまで主人が暫く1人で住んでいたこともあり、新婚当時は何もかもがきれいで新築のようでした。

 

あれから26年、3人の子育てを終えた住まいは、あちこちにその年月を感じさせる傷みや不具合がでています。長男が殴って破れた壁や浴室の鏡、何をぶつけたのかわからない破れた襖。真っ白だったクロスも所々剥がれはじめ、茶色いシミが目立ち薄茶色にくすんできています。

 

傷んできたのは家具も同じで、テーブルとイスもウレタン塗膜がはげ、椅子の座面が数年前から破れはじめ、とうとう下のクッション生地が表に出た状態に。椅子用の座布団を敷きここ数年はしのいできましたが、そろそろそれも限界?

 

重い腰をあげ、座面の裏側を覗き製作した会社名らしき横文字を頼りにネットで検索すると、飛騨高山の会社のものだとわかりました。広島で家具屋を営む主人の親戚に勧められた何点かの中から選んだので、どこの家具かも知らずに使っていました。

 

谷町六丁目のショールームで特売会が開催される事を知り、娘と一緒にショールームへ。同じ素材は取り扱いが終了していた為、娘の提案で深緑色からベージュ色に思い切って変え、張り替えを依頼しました。座面だけを飛騨の工場に送るため、完成し送られてくるのは40日後。想像していたより手間賃が安くほっとしたのと同時に、もっと早くに行動すればよかったな~とちょっと後悔。来年はハゲハゲのテーブルを美しくしたいと思います。

 

(2022年木族10月号より)

娘の時が心配になる

えんがわ

スープの冷めない距離に暮らす義妹には、我が家と同年代の娘2人がいます。その長女から26歳の誕生日に結婚式を挙げるので、家族5人揃って出席してほしいと招待され、指折り数えてその日を迎えました。私の結婚式当時はまだ6ケ月の赤ちゃんだったYちゃんが、もう結婚!年月の早さを痛感しました。

 

私が嫁いだ翌年に実家を取り壊し2世帯住宅を建て義母と暮らし始めた義妹家族。その後すぐに義弟が退職しお惣菜屋を近所に開店し、義母や主人もお店を手伝うことに。

 

忙しいお昼の時間だけ私が姪を預かり、一緒にお昼を食べ遊んで過ごしました。まだまだ甘えたいさかりのYちゃんは、つねったりおもちゃを取りあげたりしては息子を泣かせていました。息子の事が羨ましかったんでしょうね。今では懐かしい想い出です。

 

私の父は大阪出身ですが一人っ子でしたし、母は九州出身で従姉妹はみな離れていたので、子どもの頃もほとんど会えず、母の親戚に会うことイコール旅行だったため、イベントとしての記憶しかありません。

 

兄弟姉妹のように暮らし、一緒の小中学校に通ってきた子ども達。私がパート勤めを始めた頃にはYちゃんがみんなのお姉ちゃんになり、お世話をしてくれました。喧嘩も多かったけど、こんな近い従姉妹の存在っていくつになってもいいものですね。姪の生い立ちムービーを見てこんなに涙してたら、我が子の時はどうなるのか?恐ろしいです。

 

(2022年木族8月号より)

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