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国産材コラム

智頭町の浮田さん

朴訥の論

「気持ちじゃけぇ」と智頭町の浮田さんから新米が届いた。

 

浮田さんとは15年ほど前に行ったドイツの自然塗料アウロの

視察ツアーで知り合った。その浮田さんから連絡を受け、たった

1夜の降水で土砂災害を引き起こした山林を目の当たりにした。

深さ3mの爪痕は、山肌を300m抉っていた。これが荒廃する

山の現実かと愕然としたが、最近の土砂災害の惨状を見るにつけ、

気象状況も相まって益々悪化する状況に恐怖を覚える。

 

この山は戦後の拡大造林で休耕田に植林した入会林野であった。

多くの人にこの事実を伝えたいと、平成13年7月に参加者を募り

視察ツアーを実行した。現地でも話題となりテレビカメラが入り、

当日は行政や学生など現地からの参加もあり、総勢80名に膨れ

上がった。

 

それから4~5年経った頃、浮田さんから報告をいただき、その

森林がJT の森として、森林組合とJT社員のコラボ活動により、

平成20年からの8年間、間伐や広葉樹の植林、作業道の整備など

再生計画が始まったことを知った。視察ツアーから実に12年経ったが、

あの視察ツアーが森林再生のきっかけになったと浮田さんから過分な

評価をいただき、毎回思いがけない形で智頭の農作物がドッサリ届く。

 

浮田さんは関西の建築家から特殊寸法材の発注を受け、智頭の木材を

直接納材されていた。それも卒業されたというが、活力のある人が

現役を退かれるのはなんとも寂しいものだ、今は森林セラピーなど

多目的な森林として生まれ変わっているという智頭の森を訪ねて

みたくなった。

(智頭町のHPより)

 

平成6年にスタートした木族のリレーインタビュー「山からの手紙」は

平成21年1月まで続き、訪問した林家は178軒を数える。

 

それぞれの森林が間伐・林道整備や獣害、過疎や高齢化に継承者と

多くの問題を抱えていた。全く出口が見えない状態におかれ、

それでも次世代に繋げと試行錯誤を重ね今を生きて来られた筈だ。

 

国産材の供給率は平成12年の18%から現在28%と増加

しているが、人口と住宅着工数の減少を考えれば安穏とはして

おられない。政府は10年後の自給率を50%と掲げたが、

いかがなものだろうか。

その後の林家を訪ね、良しに付け悪しきにつけ、その後の様子を

伺いたい。

「まぁ、たまにゃあ智頭のこと思い出してぇなぁ」浮田さんの声が残る。

 

 

 

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