ヒノキのハガキと丸太の根かぶ ー前編ー
日本の山の願いをこめて「桧のハガキ」は生まれました。
助けて下さい! 日本の山は、あなたの助けを待っています。
国産材の価格は(桧、杉)昭和50年の半額です。
それでも少ししか利用されていません。
このままでは、わたしたちを育てる人もいなくなり、山は荒れ果ててしまいます。
わたしたちは緑の生い茂った大木に育ち、
住まいや家具など、みんなの役にたちたいのです。
国産材の実情を住宅建築を計画している人だけでなく
多くの生活者にどのような方法で訴えるか、
考えた挙句7?厚の桧板をハガキとして使う案がまとまった。
ゴム印で作った郵便番号枠に朱肉をつけ、一枚一枚押していくという
内職的手法で「桧のハガキ」は誕生した。
セロファンの袋に先の文「日本の山の願いをこめて」をプリントし、一枚ずつ包みこんだ。
120円(昭和60年当時)切手を貼り、郵便ポストにそのまま投函できる、一枚120円。
年賀ハガキの時期を前にし、タイムリーに共同通信社が記事として取り上げ、
全国各地の新聞に掲載された。
2?3週間は電話局に苦情が寄せられるほど2本の電話は鳴りつづけた。
所詮建築屋の考えること、製作は出入りの建具屋に任せた。
粋に感じて話しにのった建具屋も、作っても作っても注文に追いつかないことに苛立ち、
薄い手間賃で一枚ずつ面取りまでしていたのでは割に合わないと拗ね出す始末。

追い討ちをかけるように12月半ば、福井県のI商事さんから3万枚の注文が入った。
下戸の建具屋をどう宥めすかして間に合わせるかが一番頭の痛い問題であったが、
年末を控え、背に腹は変えられない事情があった。
一緒に手伝うことを条件に建具屋に請けてもらったが、
水の滴る桧板を前にハタと困った、乾燥が間に合わない。
除夜も正月も返上し、阿修羅のごとく髪振り乱しゴム印を押し、
年明け早々に何とか完納した。
ほっとするのもつかの間、「不揃いで初めの商品とは比較にならない」
というお叱りの電話と返品のハガキが残った。
ソロバン勘定と納期に終始し、何の為の「桧のハガキ」なのかを忘れていたことを反省した。
現在も1枚200円で販売しているが、セロファン袋を見るたびに思い出す。
ーつづくー
2002年4月から「山林」に2年間連載
「見果てぬ夢に」から抜粋したものです
今はヒノキのハガキは販売していません。






