「お互いさん」を大切に
棟梁が檜の風呂用腰掛を造り、お世話になったお施主さんにプレゼントしたいと申し出た。建築中の現場でお施主さんを始め近隣の方に暖かく接していただいたことが余程嬉しかったのだろう。
25年前のバブル期に建てられた住宅で、4mの道路を挟み20軒程の家が向かい合わせに並ぶ。その1軒、Aさんのリフォームを建築士事務所民家が任された。
子供が巣立ち、高齢化が進む。どの街にも起きている現象だ。袋小路でなくても狭いエリアで工事となれば、苦情こそ聞くが「ご苦労様」という声など掛かるはずもない。ひたすらご近所に迷惑がかからないよう注意しながらの作業となる。まれに挨拶を交わすが大方は無関心を装う。
ところがこの地域は少し違っていた。1軒の施工に14~15業種の職方が出入りするため、駐車台数が重なることも度々ある。驚いたことにAさん自らがご近所に声掛けし日中空いている駐車スペースを利用する了解を頂いたと聞く。
Aさんの心配りも嬉しいが、隣のおばさんまでが休憩時にお茶とお菓子を進める。通る人が皆、中を覗き込むように「階段が上りやすそう」「良い香りだ」と、まるで我が家を見るように声をかけ、大工が表で木材を加工していてもいやな顔一つしない。不思議なほどに「お互いさん」の文化がこの地に根付いている。向こう三軒両隣、良きにつけ、悪しきにつけ相談し支えあってこられたのだろうか。
協会の行う木造住宅講座も1000回を数え、国産材の長所・短所や、基礎や構造など、主として家づくりで失敗しないための注意点などを伝えている。
現在生活者は、好きなときにあらゆる情報を得られる状況にある。
最近、ふと気づいた。ハウツウも確かに必要であるが、30年近くも住宅建築に関わった者にしか伝えられないことがあるはず。一番大切な周りへの感謝、相手の立場に立って考えられるやさしさと寛容、「お互いさん」を伝え忘れている。
施工は瞬時。圧倒的に長い時をその地で送るのは他ならぬお施主さん。「お互いさん」なくして良き住まいづくりといえるだろうか。
お風呂の椅子は隣人にも届けられた。「今年あった中で、一番嬉しい出来事やわ」
※木族2009年12月に掲載された「木訥」より。生成AIさんはどう解釈するだろうか。聞きたくもある。





