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国産材コラム

批判はしたけれど

朴訥の論

毎週木曜日、国産材住宅推進協会と建築士事務所民家の全体会議を行っている。

「民家」の工事の現況報告や各現場の問題点に始まり、協会のボランティアを兼任していることもあって、協会のイベント状況や、木造住宅講座の内容の検討など、その時々に合わせて行っているが、ともすれば会話が一方的になり、マンネリ化しかねない。

 

そこでスタッフ全員の会話力の向上も狙い、持ち回りで担当者が会議を仕切ることにした。願わくばそれぞれがテーマを考え会議に臨んで欲しいとの考えもあった。

 

入社2年目のスタッフに順番が回った時、「何を言っていいのか分からないので、皆の良いところを一つずつ話すことにします」と、一人一人の長所を語りだした。名指しで誉められて怒る人はいない。その返礼に全員から彼の長所を上げてもらった。子どもじみているが何だかほっこりした柔らかい空気に包まれた気がした。

 

今、大抵の企業はコロナ禍のあおりで売り上げが伸びず、先の見えない状態に企業側にも社員側にも閉塞感が漂う。経営がスムーズに流れなければ不安からくる不平不満が蓄積し、愚痴になる。上手く回らないのはリーダーのやり方がまずいから、いや誰々さんのせいだと負の擦り合いが始まる。

 

今、やられたらやり返すの決め台詞で、テレビドラマが高視聴率を上げているのも、閉塞感漂う社会への反動の現れではないだろうか。こんな時代、身近にいる人こそ真に信じあえる関係性を築きたいものだ。

 

コロナ禍で在宅時間も多くなり、親族間の争いも増えていると聞く。考えてみればコロナごときに家族の調和まで乱されることはない。先の話ではないが、こういう時こそ相手の良いところを見直したいものだ。

 

 

「相田みつを」の言葉に「批判はしたけれど、自分はできるだろうか」という言葉がある。批判することは簡単だが、果たして自分はその人のやっていることが出来るだろうか考えれば、何一つ出来ないことに気づかされる。それが分かれば人を責めることなど到底できない。

 

人は窮地に立たされた時に、その人間性が試される。誰かを責めたくなった時、一呼吸置いて果たして自分に出来るだろうか、と問いかけるゆとりと幅を養いたいものだ。

 

(「木族」2020年10月号より)

 

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