magazine
2011.01.19
間伐材から始まった ?3?
そんな折、大阪で木材商を営むN氏が事務所を訪れ、
竹中に間伐材の活用法を考えて欲しいとの依頼があった。
足場丸太が鋼管に変わり、用途を失った間伐材は山の肥やしと化し、
成木にもその負担が掛かっているというものであった。
計らずもそれが国産材の利用拡大運動に発展するきっかけとなった。
N氏の案内で高知の山を視察し、
「山肌に伐採された小径木が、そのまま放置されている光景に胸が熱くなった」
と後日語っている。
それからというもの、竹中の脳細胞を間伐材が支配したかと思うほど、
間伐材に明け暮れた。
今でこそ珍しくも無いが、直径10センチ程の小径木を半割りにし、
厚さ3センチの台形に加工、屋根の野地板として利用、
直径15センチ位のものはタイコ引きにして大引きとするなど、
実物大の模型まで造った。
新築(120?)を計画中の建て主に間伐材への理解を求め、
泉北ニュータウンに「実験住宅」として
間伐材を利用した家を建てさせていただいた。
今から思えば「実験」とは失礼な話であり、建主の寛容さに頭が下がる。
公開されるやいなや、北海道から沖縄まで、行政、林業、木材関連
建築関係に一般生活者と、まだ夏日の残る中、連日見学者が訪れた。
あまりの反響と、知れば知るほど国産材の課題の多さに、
山の現状を街の生活者に伝えることの必要性を痛感した。
昭和57年仲秋の頃・・・
この章はおわり
.jpg)






